Masuk「あー! ごめん夏希! そういうつもりじゃ!」「いや! すまない!」私と一弥さんは、すぐに焦りながら答える。「いやいや全然いいんですけどね~。フフッ」そう言いながら、なぜか夏希がニヤニヤしている。「ところで~お二人は、すっごく親密な感じしますけど~。一体どういうご関係なのか聞いちゃったりしても大丈夫ですか?」夏希はニヤニヤしながらも、一応私たちに気を遣いながら声をかける。「えっと……」そう呟きながら、一弥さんの方を見る。「俺が話す」すると、私の様子を察して一弥さんが、私を見ながらそう答えた。「あっ、じゃあ……」私は一弥さんに、とりあえず任せることにした。「はじめまして。桐生一弥と言います。杏華の──、ビジネスパートナーです」“ビジネスパートナー”今の一弥さんとの関係は、その言葉でしかないのだけれど。さらっと、そう答えた言葉に、どこか寂しさを感じる。そんなふうに寂しく思ってしまうのは、きっと……。夏希がついさっき言った。その言葉のように、今の私たちが夏希にはそう見えてたということに、心のどこかで少し嬉しくなってしまっていたから……。だけど、私たちは”ビジネスパートナー”という関係なだけで”夫婦”じゃない──。今更、そんな当たり前のことに、悲しくなってしまう。私がこんな感情でモヤモヤしている中で、彼はそんなこと気にも留めてないのだろうと思うと、更に気持ちが落ちそうになる。「ビジネス……パートナーですか?」夏希は不思議そうに一弥さんに聞き返す。だけど、そのあと一弥さんが夏希にまさかの言葉で返したのだ──。「はい。彼女がトップモデルとして、彼女自身に誇りと自信を持ち、彼女が持つ魅力を誰より輝かせる人生を歩んで行けるように──。俺のすべての力でサポートしていくのが、ビジネスパートナーとしての自分の”使命”だと思っています──」一弥さんは、ブレることのない視線で、そんなまっすぐ力強い言葉と想いを、夏希に伝えた──。そんな想いを持っていたこと、そして夏希にそんな言葉を伝えてくれたことに、私は嬉しくて感動しすぎて言葉が出ない……。実際私がモデルを始めるとき、彼はそんなことは思っていなかったはず。それがいつの間に、そんなふうに思ってくれていたの……?ただ勢いで、彼の何かのプライドのようなものを逆なでして、仕方なく
なんともいえない光景だった。今日初めて出会った夏希と、離婚した元夫の一弥さん。そんな二人が、私の家のソファーに一緒に座っている。私はキッチンで彼のためのコーヒーを淹れながら、改めてこの状況とその光景を不思議に感じながら、見つめてしまう。「これ。すっごいおいしいですよ!」夏希は持ってきたタルトを、一弥さんに無邪気に勧めながら、夏希のペースで一弥さんにずっと話しかけている。そんな夏希に、一弥さんは愛想笑いをしながら応えはしてるものの、決して無愛想にしているわけではなかった。私はそれに少し驚いてしまう。正直明るいノリの夏希と、クールな一弥さんでは明らか雰囲気も違いすぎるし、何より一弥さんがそんな夏希を無視しないことが意外すぎて……。たとえそれが愛想笑いだとしても、ちゃんと夏希に応えている今の彼の姿を見て、私はホッとするのと同時に少し嬉しく感じてしまう。「お待たせしました」私はそんな一弥さんに、淹れたてのコーヒーを差し出した。「あぁ。わざわざ俺の分まで悪いな」そう言いながら、彼は私の淹れたコーヒーのカップを手に取り、ゆっくり顔を近づけ、コーヒーの香りをじっくり楽しんでいる。そのあと、一口飲んだあと、彼はふっと笑う。「やっぱり、ウマいな……」「え……?」「どうしてお前の淹れてくれたコーヒーは、こんなに香りも味わいで豊かなんだ──。他で飲んでもここまでウマいと感じられるものが滅多にない──」私の淹れたコーヒーを飲みながら、しんみりと呟く。「──ずっと、これが飲みたかったんだ」そして、そのコーヒーに視線をやりながら嬉しそうに微笑む。そんな彼に、私は驚いてしまい、思わず彼を見つめる。彼が、そんなふうに思っていたなんて……。彼の言葉を聞いて、私は胸がギュッと締め付けられる。一緒にいた頃、彼はただ黙って、私が出したコーヒーを飲んでいただけだった。それを”おいし
私はその一弥さんの姿を見て、すぐに玄関のドアを開けた。「一弥さん──! どうして……」真剣な顔をして、ドアの前に立っていた一弥さんに、思わず呟く。その一弥さんは、さっきの一方的な感じではなく、また少し切なさそうな表情に感じる。「杏華──。さっきは、お前の話を俺は──」一弥さんはそう言いながら、持っていたスマホをゆっくり降ろし、俯きがちに呟き始める。かと思ったら、なぜか話している言葉も動きもピタッと止まる。「……さっきの奴……。本当に、来たのか……?」「え……」視線の先に目に入った夏希のスニーカーを見て彼が呟く。「あっ、うん。さっき……」私がそう答えた瞬間、また彼の様子が変化し始める。「……女一人の部屋に、平気で男を上がらせるなんて……」また彼はさっきのように、険しい表情へと切り替わっていく。「お前はホントに一体何考え──」「一弥さん!」またさっきと同じ雰囲気になるような気がした私は、彼の言葉を途中で遮り、彼の名前を強く呼ぶ。「お願い! ちゃんと聞いて!」私は彼に強い眼差しを向けながら伝える。また同じ繰り返しはもう嫌だ。──ちゃんと伝えなきゃ。「──え。あっ、あぁ……」私のその声に、一弥さんは戸惑っている様子を見せつつも、すぐに反応する。「どうしてまた決めつけようとするの!? 男って何の話!? そんな人誰もいない」「え……。だって、お前……」ハッキリ告げた私の言葉に、明らかに動揺している彼。彼が思い込む前に、ちゃんと私が伝えるんだ。「こんばんは!」すると、リビングの方から、ひょこっと顔を出して元気よく夏希が一弥さんに挨拶をする。「──え」「おじゃましてます!」夏希を見て想像もしていなかった光景なのか唖然としている一弥さんに、夏希は笑顔で気にせず声
「そんなの簡単! ひたすら、わかってもらえるまで伝え続ける!」夏希は笑顔で、悩みもせず、即答した。「わかってもらえるまで……?」「そう。だって、それが相手がいることならさ。伝え続けなきゃわからなくない?」「それは確かにそうだけど……」「だってもしかしたら、その人は何か勘違いしていたり、自分が気づいてないことで信じてもらえてないだけかもしれないじゃん」「だから伝え続けるってこと……?」「私なら、ちゃんと自分で納得したいんだよね。自分が思ってることと一致して信じてもらえないなら、それはそれで仕方ないけどさぁ。全然違う理由で信じてもらえなかったり、すれ違うことがあるとしたら、それこそ悲しすぎない?」私と一弥さんのことを言われているのかと思った。まさにそうだった。身に覚えのないことで誤解され責められ、いくら違うと言っても聞く耳も持たない。本当はあのときも、今だって、彼には本当のことを知っていてほしかった……。本当は誰より彼に信じてほしかった……。「私……、一番信じてほしい人が、ずっとそうだったの……」「え。それって誤解されたり勘違いされて信じてもらえなかったってこと?」「うん……」彼がどうして、さっきあんなにも苛立っていたのか実際はよく分からない。だけど、きっとそれはすべて、彼がずっと私を信じてくれないことで起きていることなのだと思う。「それは辛いね……。それで、杏華は諦めちゃったの?」「一度は、諦めたはずだったの……。だけど……、まだ諦めたくない自分がいるの……」あんなふうに一弥さんとは言い合いにはなったけど、ずっとそんな状態でいたい訳じゃない。夏希に伝えることで、その気持ちをより一層自覚する。「じゃあ今杏華がそんな顔している原因は、もしかして……それが原因……?」「え、あっ、うん……」「よし! なら電話しちゃおう!」「えっ!?」「だって気になってるんでしょ? 一番信じてほしい人なんでしょ!?」「それはそうだけど──」私はずっとこうやってグズグズしているのに、夏希はそんなふうにスパッと口にする。「ちなみに杏華は、その人が信じてくれなかったとき、『結局は信じてもらえないから』って自分でも諦めちゃってたところない──?」夏希に言われて、一弥さんのやり取りを思い出す。そう言われると、確かに私はすぐそう判断していた
しばらくすると、さっき会っていたときと同じように、明るいテンションで夏希が訪ねてきた。正直ついさっきまで言い合っていた一弥さんへの感情は、自分の中でまだずっとくすぶっているままだった。だけど、夏希が来てくれたことで、一気にさっきまでとは違う正反対の明るい雰囲気に包まれる。「はい! ケーキ。一緒に食べよ」部屋の中に迎え入れると、夏希が持ってきた大きなケーキの箱を、笑顔で私に渡してくれた。「ありがとう。 飲み物は、紅茶かコーヒーか何がいいかな」「これ。フルーツタルトなの。このタルトに合う飲み物なら紅茶かな?」「ダージリンティーとかはどう? 華やかな香りを楽しめる紅茶だから、フルーツタルトと相性いいと思う」「じゃあそれで!」私はティーポットにダージリンティーを用意し、持ってきてもらった大きなフルーツタルトを二人分お皿に取り分ける。「お待たせしました」リビングのソファーで座っている夏希の元へそれらを運び、早速二人でタルトを堪能し始める。「ん~! このフルーツタルトすごくおいしい!」「これ結構人気あるお店のタルトらしくてさ~。せっかくなら今日いい仕事出来た杏華と、頑張ったご褒美として二人で食べたいと思ったんだ~」「……嬉しい」夏希の中で、私にそんな気持ちになってくれたことも、今二人でこんな素敵な時間を過ごせているのも、すごく嬉しかった。「──何か、あった?」すると急に夏希がそんなことを聞いてきた。「……え? どうして……?」「なんか浮かない表情してる」「私……、そんな顔……してる……?」「うん。うまく笑えてない」夏希がはっきり言い放った。夏希が来てくれて、普通に笑えてると思ってた。だけど、そう言われて、本当の心の奥底の部分は隠せていないのだと思った。「私。職業柄、顔を見ただけで、そういうのすぐわかっちゃうんだよね~」「顔を見ただけで……?」「そう。さっき、杏華、あんなにいい顔してたのにさ~。こんな短時間で、そんな顔になっちゃうなんて……、よっぽどのことがあったのかなぁって」夏希は優しくそう言って微笑む。一弥さんとは、全然わかり合えないもどかしさがずっと変わらないのに、夏希はさっき知り合って間もないのに、私の顔を見ただけで、そんなところまで気づいてくれる。そんな言葉にしなくても、気持ちをわかってくれる夏希に、ただ
【一弥side】すると、今度は、そいつを今から家に呼ぶだなんて、言葉が聞こえてくる。何考えてる。俺とお前のこの居場所に、どんな奴かもわからない他人を入れるというのか。俺自身、綾乃にも誰にも教えてない。教えたのは、家の人間と、詠司たち夫婦だけだ。それは杏華がその場にいたから教えただけの話だ。なのに、こいつは勝手にそれを教えようとしている。どうしてだ。どうして俺たちのこの場所に、他の奴なんか入れようと思うんだ──。それは俺の勝手な想いだとわかっている。それでも、杏華をここに引っ越させ、俺が隣に住んだのは、多分そういうことだ。その時は気づいていなかったその理由。今思えば、それはこいつを誰にも近づけたくないと、そう思っていた俺の想いが、きっと暴走しただけのことだった──。今になって気づき、そんな自分に少し呆れた。俺はそこまでして、杏華をここに……、俺のテリトリーに閉じ込めておきたかっただけだったのか……。俺にそんな感情が渦巻いていただなんて、俺は初めて気づいた。自分が自分で怖くなった。どんどん杏華に普通以上の感情が生まれだしているということを──。その狂気めいた想いが、確かなものになってしまうとき、俺は自分でどうなってしまうのか、そして杏華をどうしてしまうのか……。少し、怖くなった──。『私も。会いたい』囁くように嬉しそうに、その言葉を杏華が告げたとき。俺の胸はキリキリと痛んだ。俺がここにいるのに、お前は誰を想って、そんな言葉を口にしているんだ──。俺じゃない誰かに『会いたい』だなんて……。その時点で、杏華の心が俺から離れてしまったのかもしれないと、また怖くなる。俺といた頃も、一度もそんな言葉を告げたこともない。そんな必要もなく、そんな状況にもなっていないから当たり前かもしれないが、それでも俺たちは、
「わあ、すごく綺麗なお花!」 綾乃は、私の腕の中に抱えられた花束を、目を輝かせて見つめた。 私は反射的に花束を抱き寄せる。 「この花は……」 言い終える前に、すらりとした長い手が、私の腕の中から花束を奪い取った。 呆然と顔を上げると、そこには桐生一弥の、感情の揺らぎひとつない瞳があった。 彼は、私が心を込めて選んだ――純潔な愛を象徴する白いバラの花束を手にすると、そのまま自然な動作で振り返り、綾乃の前に差し出した。 「誕生日おめでとう、綾乃」 低い声だったが、突然静まり返った個室の中には、はっきりと響き渡った。 綾乃は驚きと喜びの入り混じった表情で花束を受け取り、顔を花びらに
【プロローグ】 初恋は実らないものだ、と人はよく口にする。 私はそれを信じず、初恋の人と結婚した。 結婚三周年記念日。 私は妊娠をした身で、ミシュランに引けを取らないほどのご馳走を並べ、彼の帰りを待っていた。 すると彼から一本のメッセージが届き、ある高級レストランの住所だけが記されていた。貸し切りだと。 ついに彼も気が回るようになったか、サプライズを用意してくれたのかと思った。 ドアを開けた先にあったのは、私の妹・綾乃の誕生日会だった。 その瞬間、私はすべてを悟った。 自分だけが幸せだと思い込んでいたこの結婚は、最初から最後まで私ひとりだけの独り舞台だった。 私はあの子の影
目を覚ました瞬間、強い戸惑いに包まれ、次いで記憶が断片的に一気に押し寄せてくる。 気付けば無意識のうちに私は下腹部をかばっており、鈍い痛みが走った。 そのとき、そばにいた一弥さんの姉の真琴さんが私が目を覚ましたことに気付き、慌てて駆け寄る。 真琴さんは私の手をぎゅっと握り締め、声を震わせながら言った。 「よかった……やっと目を覚ましたのね。お医者さんが言ってたの。急激な精神的ショックと、長期間の心身の抑圧が原因で、切迫流産の状態だって。今は安静が必要よ。……ねぇ、どうして妊娠していること私に言ってくれなかったの?」 「どうして、私は病院にいるの? どうして真琴さんがここにいるの?」
「お姉ちゃん、どうしてあんなことしてバレないと思ってるんだろ」 え……、あんなこと……? バレる……? なんの話……? 「まさか、あいつが俺の知らないところで、男漁りしてるなんて心底見損なったよ」 男漁り……? さっきも、それ言ってたけど……どういうこと……? 「お姉ちゃん、もうそれ病気なの……。一人の男性では満足出来なくて、常に自分の欲望を満たしてくれる男性を探し求めてるの」 ちょっと待って……! あまりにも身に覚えのない酷い綾乃の嘘に私は驚いて言葉を失くす。 「俺もまんまと騙されたよ。まさかずっと清純なフリをしてたなんてな」 酷い……! 一弥さんもどうしてその言葉を信じるの…







